ずっと気になっておりました [イタリア 初めて]
古い話で恐縮です。
カラオケで「エコー」かけるとなんだか唄がうまくなったように錯覚しますね。
この「エコー」という言葉。 昨年夏に出かけた、ピサの洗礼堂の響きを指すらしいということを最近聞きました。 ほんとかどうかは知りません。
建築様式が異なる 言わば、「継ぎ足し」で完成した洗礼堂。
旅行前に、デジカメを買ったばかりで、写真の機能も十分理解しておらず、動画機能などなおさら。& 充電器のコンセントのプラグを間違えて持参したため、電池の充電にも四苦八苦。
そのために、この洗礼堂内部での11回リフレインが記録できず、ずっと残念に思っていました。そしたら、この音を録音された方がおられました。
「アーーーー」の動画 がそれです。
ポイントは響くことではなくて、かすかですが、倍音が出ている点です。
アーーー、一声のほうが、それも、AとかBのアーーーだけのほうがはっきり倍音が聞こえたはずです。
聖歌隊の歌を 「天使の歌声」とか言いますが、天から注いでくるように聞こえる高音は、倍音だったのです。 はィ。
うちのリビングもあんなふうに改装しちゃおうか。 宝くじ当ったら。
旅(14) 最終日 [イタリア 初めて]
【6日目】8月11日
さてさて、帰国の日となりました。
なんどが帰る日を待っていたかのように、朝から外は曇り空。雨が降りそう。
しかし、今日は帰るだけ。 天気なんぞどうでもいい。
1週間青空が続いて、幸運な旅でした。 さらにいえば、この時期にしては超涼しい。
時間帯によっては半そででは寒いくらいのこともあり、これも幸運。
あわせて、大使館の世話にもならず(ガイドさん 脅かしすぎです)。
ダ・ビンチ空港から国内便でミラノへ移動。さらにそこから成田へ。
午後2時過ぎに離陸。 これに所要時間の11時間と時差を加え、8月12日の
午前9時半に成田着。
このツアーの無料サービスの宅配便で、大きな荷物は、当日の夕方に自宅へ。
人間はリムジンバスで新宿へ。 首都高の渋滞もなく京王デパート前に到着。
新宿に着いて、その足で、京王モール内のアマティへ。
行きの飛行機の中から、一貫して、口に合わないコーヒー。
泥汁っぽい舌触り(お前、泥汁って飲んだことあんのか?って突っ込まないでください)。
海外では、牛乳が出てきて当たり前なんだけど、これもどうもいけません。
ってことで、1杯のお値段は高いが、サービスカードのはんこの数で、ケーキの
食べられるアマティへ。
「おいちーぃ」。 横山剣 風に。
そして、昼ごはんはどこにするかで、妻ともめる。
妻は桃太郎に行きたいと。 なんどは、笹塚のキャンティに行きたいと。
キャンティはいくつもお店があるけど、言わずとも知れたイタ飯屋。
イタリアから帰っていきなりイタリアかよー。
しかし、口に合うスパゲッチが食べたかった。
キャンティ特性ゴマドレのサラダが食べたかった。
モレッティが飲みたかった(イタリアでは1本も飲めず)。
結局、じゃんけんで負けて、寿司に決定。 桃太郎ではなく、
下高井戸の 「マグロ・・・」。
そして、夜は、近所のそばやで、セイロとカツドン、妻は天セイロ。
料理はイタリアなら、エノテーカよりサイゼリア、中華なら福臨門よりもバーミヤンが好き。
(補足:5年ほど前、叔父が仕事仲間とともに、銀座コアのエノテーカに。ご乱行の挙句、
退場処分に。これは、一族のビッグニュース。 何をしたかって? 叔父は酒乱です。)
◆買い物
観光地で買う値段なので、相当割高なんだろうが、こんなもんなんですかねえ。
500mlの水 1ユーロ ところによっては3ユーロ。
コカ・コーラ 3.5ユーロ
ビール 6ユーロ
ワインはピンキリ 2.5ユーロってのがあった。
食事は、昼が25-30ユーロ。 自前の夕食は安くあげた。 2人で5ユーロのときも。
そんで、地下鉄は、1ユーロ(時間制限あり)。 ゆいいつ、安かったもの。
ホテルは、古いのが良いとされているらしい。 わからないでもないが、
ビラ・コーラ:エアコンの調整パネルが不調。部屋のドアがすんなり開かない。
メディテラネオ:部屋の床がふかふか沈む(だれかの家のリビングのように)。
世界陸上をテレビで放送していない。
◆みやげ物
<ばら撒き用>
ほとんどばら撒いて、現在うちにあるのはこれだけ。
乾燥トマト

香草入りの塩 右側の黒いの なんだっけ?

トマトやしょうがの甘いの (何て言うんだ)

リゾット各種

名物 乾燥ポルティーニ

<お世話になった方々へ>
すべて持参済みのため写真なし。
ワイン
オリーブオイル
足に塗るとスーッとするチューブに入ったやつ
それから、

とか

とか

そのほかに、妻はカメオや時計、バッグなど。
ベネチアのみやげ物店で思った。 いろいろ捜したが、
キティちゃん や スヌーピーのカメオがない。もちろん、
どらえモンもない。
<番外 みやげではない>
スーツケースの中にあったショーのパンフとチケット。

先週、カード会社から利用明細が届いた。
140円や141円で換算されていた。
ちょいと驚く金額。
旅(13) ローマ 2日目 [イタリア 初めて]
【5日目】8月10日
◆午前: ローマ市内観光。
今日はマイクロバスで移動。 ローマ市内では大型バスが停車できる場所が決まっていて、
勝手に乗り降りできないため、小さいサイズに変更。
円形闘技場コロッセオ、古代ローマ遺跡フォロロマーノ、映画「ローマの休日」で有名な
真実の口、コインを投げ入れ再訪を願うトレビの泉。 ローマ名所めぐりの「本道」。
コロッセオに入場し、エレベーターで上に。 これで5万人収容?


ガイドの説明:
アリーナというのは、「血を吸う砂」の意味で、闘技場に木の床を敷き、
その上に撒いた砂のことだそうだ。
続けて、ガイドからの受け売りを。
ここの石材はサン・ピエトロ教会の建設に使われたそうだ。 だから、
いろんなところが崩れたようになくなっている。
そんで、隣の凱旋門は、キリスト教を認めた皇帝が建てたものなので、
これまで大切に保存され、無傷のまま残っていると。

フォロ・ロマーノはチラッと眺めるだけ(あまり日本人は足を運ばないらしい)
で、真実の口へ。 この「オブジェ」、置かれている教会とは何の縁もない。
あの映画さえなければみんな素通り。
この旅で並んだといえば、ここだけだった。
10分ほどだが。 写真撮って急いで撤収。

バスで移動中、ベン・ハーの撮影に使われた競技場あとをながめ、それから、
いくつかの建物の説明をしてもらい、トレビへ。 「三叉路の泉」 という意味。
混んでました。 観光客の隙間をぬって、小銭を放り投げる。
投げ方に作法があって、泉を背にして、右手のコインを左肩越しから投げるのが
正統だって。


ここで、午前中の観光が終了。 スペイン広場で解散して午後はフリータイム。
勝手に散らばれ。

階段の上、工事中のビルに掛けられた養生ネット。 これに大きなプーマの広告。
市内には大きな広告・派手な広告はありません。だからなおさら目立つ。
場所柄、みんな見るわなァ。
さて、今から放し飼いになった。
そこで、昨日と今日の午前中、バスの窓からときどき見え隠れしていた気球に乗りに。
正確には、気球ではなく「風船」。
スペイン広場からダラダラ坂を上り、ピンチョ公園の中の乗り場にたどり着くと、
「ナヌ?」営業時間外でアウト。
しかたなく、坂道を下り、かの有名な「エクセルシオール(コーヒーショップではない)」
の前を通り過ぎて、ベルニーニ広場に近い店でラザニア、ピラフ、焼き野菜、スカンピの
「極めて重いランチ」を食べる。 値段も重い。
ウエィターが「ぼくの奥さん、名古屋の人」なんて言ってた。
ツアー参加の4人連れ(おばあ、おかあ、孫2人)と放し飼い時間の途中で出会う。
おばあが言うには、あっちうろうろ、こっちうろうろ しまいには、午前中に訪れ、
コインを投げたトレビの泉にたどりついたそうだ。
ってことは、「もう一度 戻れる」 というのは本当だったんだ。
でも、2時間後に戻るというのはどうもねえ。
ベルニーニから地下鉄に乗って、テルミニへ。地下の本屋で立ち読み30分。
うちの“まりん”と同じG・レトリバーの写真集の表紙が
「そうなんだよね、このイヌは」と思わせる。
猟犬らしく水鳥をガブッとくわえています。
それに引き換え、まりんは花火の音が苦手。
夏は熊谷や川本の花火大会でビビッていた。
もしも、耳元で本当に銃を撃ったら、ショック死するかも。
その後、ホテルに近いサンタ・マリア・マッジョーレ教会を見学。
他の名所にくらべれば観光客は極めて少ない。
聖堂内の一角では、ミサの最中。 だもんで、静かにキョロキョロ。
聖堂内の何ヶ所かにランプが点いている。
赤いランプの点いているブースは営業中。「告戒受け付けています」というサイン。
信者さんが神父さんになにやらもそもそ。
ここの主祭壇に近いところで、あたりを見回していると、ドイツ語を話す
母親と10歳くらいの男の子。
祭壇の前で母親が跪くと、後ろの子供も。 十字を切ると、同じく子供も。
そして、静かに祈る。
なんどの妻は幼児洗礼を受け、偉そうな名前をもらっていますが、
教会とは縁遠く、なんどは仏事のときだけの天台宗なので、暮らしのなかに
宗教的なものがありません。
だからなのかも知れないけれど、滅多に見ることのない光景、そして写真こそ
撮らなかったこの光景が、この旅で一番強く印象に残っています。
こういう祈りの時間て大切かもしれん。
夕方の6時をまわったが、まだまだ明るい。
妻に、もう一度、リベンジ、 「どうする?」 に対し、「行く」だって。 諦めのわるいやつ。
駅前からタクシーで、再度、気球 いや 風船に。
乗り場に着くと、こんどは、強風のため、クローズだって。
たやすく返り討ちに遭う。 「バッサリ」。
ふたたび、かの有名な エクセルシオールの前を通り過ぎて、バス通りへ。
テルミニ行きのバスに乗った。 妻は平気な顔で乗り込んだが、なんどは
小心者なので、料金箱が置いていないことが不安。
4つ目が終点。
それまでのバス停で降りる客は、ピンポンを押して、止まると、そのまま降りていく。
なんか変。
結局、テルミニで料金を払わず下車。
あとで訊いたら、カードを事前に買うんだって。 ヤッパリネー。
抜き打ちの検札が乗り込んできたときに、それを持っていないと
まずいことになるらしい。
<余談>
通りを眺めていると、ときおりフェラーリが。
ローマではいろんなところで、4-5回は目撃(同じ車ではないだろう)。
しかし、余計なお世話であるけれど、ローマの石畳はいたるところに凹みがある。
観光バスでの移動でも、車体が大きく左右に振られる場所がある。
あまりにも凹みがきつくなると補修するようだが、その1歩手前の凹みは
車高の低い車にはつらくないかえ?
以前、少しだけ車高の低い車に乗っていたが、立体駐車場で時々断られ、
Gスタンドの段差で「ガリガリ」とやったり、自宅の駐車場で、がりっとやったら
水抜きのゴム栓がおっこちたこともあり、お腹は擦り傷だらけだった。
地元の人は無頓着なのか、車の流れに乗って、フラフラしながら走り去っていった。
あの単車のようなエンジン音で。
無賃乗車でバスを降り、時刻は8時過ぎ。
そろそろ夕食。 目指す店に向かって歩いていると、なんかチープな感じの店がある。
入り口のメニューをみると、「安くねえ?」。
サイゼリア好きのなんどにとっては親しみがわく。
ボリュームもヘビーだったが、値段もかなり高かった昼のことを思い出し、「ここに
しよう、ここならピザもOKだ」。
ワイン飲んで、結構品数頼んで、デザートまで食べて、お昼の半額。
妙にうれしくなる。 おまけに、ウエイトレスがこの旅で見かけた女性のなかで最上級。
カタコト英語で”もそもそ会話”。で、彼女イタリア人ではなく、ドイツからきた短期バイトの
大学生。
そんで、この店の食事はイタリアで一番口に合いました。 サイゼリアのチェーン店か?
10時過ぎまでその店に。
そんでホテルに戻る。
まだ寝る時間には早いので、ホテルの屋上で夜景をさかなにちょいと一杯。
といっても、たいした夜景ではないが。


明日は帰路につく。 短かった1週間。 イタリアのうわべばかりをちょいとナメ。
旅(12) ローマ [イタリア 初めて]
【5日目】 8月9日
早い朝食のあと、ローマに向けて出発。
【午前】フィレンツェ⇒(バス/290km・約4時間)⇒ローマ

バチカンに近い店で、ボンゴレなどを食べる。店に、ローマのガイドが。
吉野さん。 交通事故からの復帰1発目の仕事とのこと。気合が入って
いるのか、言葉数がやたら多い。 喋らないと死んじゃう体質なんだろう。
ミラノといい、フィレンツェといい、そしてこのローマ。ガイドってこういう
人種なんだ。 と感心。
◆午後:バチカン市国市内観光。
カトリックの総本山であるバチカン市国のサン・ピエトロ寺院、ミケランジェロの
「最後の審判」で知られるシスティーナ礼拝堂のあるバチカン美術館へ。
バチカン美術館への入場には大変な時間がかかるようだ。 2時間3時間は
当たり前らしい。
レストランを出る際、覚悟するよに言われたが、美術館への道に行列は見当
たらない。
数分歩いて、左に曲がると、10メートルほどの行列が。 その後ろに並ぶと、
すーっと前に流れる。
立ち止まることなく美術館の中へ。
決して、閑古鳥ではない。十分、人出はあるものの、スムースに流れている。
とにかく、ガイドの説明が長い。だからといって説明ナシだと、何がなんだか
わからないのでしかたなく聞く。
もちろん、「へーっ」という説明に感服することもしばし。
最後の審判は、礼拝堂の入り口を入ってすぐ後ろを振り返ったところに描かれ
ている人物に注目(痛そう)。
この天井画。夫婦揃って頚椎を傷めているので、上向きの姿勢は禁忌だ。
しばらく見ていると、ふらーっとしてきて、いち早くギブアップ。
ガイドの吉野さんが言っていた。
写真のフラッシュは、絵に悪い影響を及ぼすと。 詳しくはわからんが。
年間数百万人が幾度となくフラッシュを浴びせると、作品の表面が損傷する。
だから、禁止なのだそうだ。 なんどは小心者なのでお約束は守る。
(注) サンピエトロ大聖堂の内部はOKだそうだ。
なぜか? 飾ってある絵はレプリカだと。


とりあえず ざーっと眺めて、自由時間が20分ほどできた。
さて、この短時間に何ができる?
床を見て、「あっ、そうだ」。
内側の狭い階段は封鎖中だったので、慌てて、大聖堂の外に出て、
そこから地下に。
歴代法王の墓所の前を聖堂中心部に進む。ニワトリ3回で有名な
“あの”ペトロの墓所はさらに深いところにあるらしい。
新約聖書を読むと、前日の夜からこの日の描写がとてもリアル。
走って集合時刻に間に合う。 地下の通路をダッシュした日本人
は少なかろう。「ひー、ひー」。
正面の広場に出て、また説明を聞く。


そのあと、日本でいえば、四谷のドン・ボスコ? 広場の反対側にある
ロザリオや絵葉書などなどの売店で、十字架(ギリシャ正教っぽい)と
カレンダーなどお買い上げ。
バスに戻り、三越経由でホテルへ。 お泊りは テルミニ駅に近い
メディテラネオ。

このホテルの部屋、歩くと床がへこみます。 昔、新潟で住んでいた
家賃27000円のアパートと一緒。

つまんないですが、”0”階がある。 どこのホテルにも 0とかTとか
日本にはない表示。 説明がないと戸惑ってしまう。
夕食は、テヴェレ川の近く、イタリアワインとともに陽気なカンツォーネを
聴きながら。えーっと、何食べたっけ。
この店もツアー御用達らしく、妻の母も3年前の記念写真を持っていた。
旅(11) フィレンツェ2日目 [イタリア 初めて]
【4日目】 8月8日
フィレンツェ滞在 とはいっても、今日は遠足。
◆午前:トスカーナの丘陵地帯を車窓に眺めながらフィレンツェ郊外の農園へ。
そこでワイン工場、オリーブオイルの製造工場を見学し、ワインの試飲。
オリーブもワインも時期はずれなので、圧搾の機械やワインの樽なんぞの説明を久保さんから聞く。
ここでも久保節は名調子。 ワインの説明がおもしろい。

ワイン工場の一角にほこりまみれのワインが並んでいる。 10年前、20年前・・・・・・。 なにやらビンテージの趣。

しかし、これをありがたがってはいけない。 おいしいわけがないとのこと。
よく、このガイドはテレビ番組の取材に付き合わされるようで、あるとき、ディレクターが、「これ飲ませてもらえませんかねえ」。
ガイドが通訳すると、工場の人が困った顔をするので、ディレクターは「さぞ、高価な一品」と勘違いしたらしい。
それを、タレントに飲ませたら・・・・・・・。 これオンエアされたらしいです。
タレントのコメントに芸人魂を見た。 よく、吐き出さなかったね。
古ければいいというものでは決してないそうで、かの有名なフランスの「アレ」の年代物に100万出すリスクの大きさを説明してくれました。 でも、教えてくれても、100万円もってないよー。
ワインの能書きはたくさんのHPやblogで紹介されているので、素人がわざわざ書く必要はないので、省略。
しかし、テレビ番組では、その土地の伝統 とか ここにしかない一品 とか 視聴者の興味に訴える場面が多いけれど、「ほそーい首の器から、グラスにワインを注ぐ」 こんな場面を見た方いませんか?
地元の人も一度だってやったことのないパフォーマンスだったそうで、何十回もTAKEしてようやくOK 。
このシーンについたコピーは、“これぞ名人芸” おつかれさまでした。
その後、試飲。 グラスに注がれたワインを振るのにもお約束があるようで、振り方ひとつで味も香りも吹っ飛ぶそうです。
彼女と2人で高級フレンチ。 しったかぶりして、ソムリエの前で能書きたれながら、お約束を知らずにグラスをブリブリ振っていると、化けの皮が剥がれます。
昼食はアグリツーリズモにて田舎料理。
食材はこの地で獲れたものだけ。 出てきたカモには小粒の鉛がアクセント。
昼を過ぎ、バスに揺られて、海の近くへ。
バスの車窓から小さく斜塔の一部が見え隠れする。 ピサです。
「はい、ここで降ります」。 「まだ、ずいぶん遠いよ」。 「ここからシャトルに乗り換えです」。
ところが、シャトルは今出たばかり。 次に乗る客が何人もいるので、結局あるくことに。 10分ほどだが。
近づくにつれ、人が多くなってくる。 入り口あたりでは、出る人、入る人で大賑わい。
「それでも観光客の数はいつもより少ないですね」とはガイド。
ピサ様式を用いた壮麗なドゥオモ、ガリレオの「落下の法則」で有名な斜塔、それから洗礼堂。
聖堂に限らず何かを建築するのに何百年もかかるそうだ。途中で建築様式の流行が変わると、ここのドゥオモのように、下はロマネスク、真ん中から上はゴシック なんていう MIXになってしまう。これをピサ様式と言うようだ。
カンタンにいうと、下が腰巻、上がビスチェ? 喩えが変だ。

斜塔は超有名な建造物。だれでも人差し指で支える写真を撮る。
建築の専門家に言わせると、傾いていても倒れないように造られているのではなく、いつ倒れてもおかしくない状態で何百年の保たれている「奇跡の塔」だそうだ。 20年後には間違いなく倒れるそうなので、早めにみておいたほうがよろしいかと。

お定まりの写真を何枚か撮る。 「指で支える」はノーマル。
「真剣白刃取」は加工が必要。 倒すアクションは悪意があるが、バリエーションが多いようだ。
バックドロップや背負い投げなど試みるも、腕の位置が悪く、企画倒れ。

時間に余裕があれば、きっちりとした1枚がゲットできたかもしれん。 残念。
<雨漏って、声響きわたる>
洗礼堂の天井で受けた雨を洗礼に使っていたそうだが、あるとき雨漏りがするので、それをふさいだら、内部で出す声がすごく響くようになったらしい。 ガイドに付き添ったイタリア人のおじさん(ガイドの元締めみたいな人)。この人がここのガードマンに頼むと、ガードマンは、玄関を閉めて、中にいる観光客に 「お静かに」のサイン。そして、低い声で「ハアー」と声をだしてくれた。エコーが11回だそうだ。一声の響きがおさまる前に違う音程でさらに「ハアー」。
すると、ガードマンの音程とはまったく違う倍音が聞こえてくる。

教会の合唱で、そのハーモニーのなかから、倍音が出てくると、いわゆる「天使の声」。聖歌の秘密。なんか「ありがたい」気持ちになるが、実は建物の構造の秘密だった。
高速で再びフィレンツェに。 途中、皮製品の免税店に立ち寄る。 店の中の商品には興味はない。
敷地の中のガレージにとまる 2台のBMW。 単車は詳しくないが、なんとなく「かっちょいい」ので記念に。

妻の知り合いで、中年になって単車に狂った人がいる。 ようやく、限定解除されたその日、
ハーレィを買ってきたそうだ。 単車菌に感染しないように気をつけよう。
ついでに、バスも撮ってみた。 フロント 左サイドに ドライバーの名前が。
カタカナで 「ジュゼッペ号」。

ベンツのバス。 だからといってどこがどうだ というわけではないが、 エンブレムがでかい。
運転席のシートは、レカロ。 ラリーカー御用達だと思っていたのでびっくり。
バスの社内にロールバーがあったりして。 (ウソ)。
◆夕食は、郊外の店でビステッカ・フィオレンティーナ(フィレンツェ風Tボーンステーキ)を。 これすごくでかい。
肉はもう80gも食べれば十分なので、3/4は残してしまった。 決してマズイわけではない。
大きな店で、我々より先に来ていたアメリカ人の団体さんがどんちゃん騒ぎ。 つられて踊ってしまった。
ここのオーナー。 爵位を持っているようだ。 酒や料理を運んでいるが、客を見る目つきが「キモイ」。
この店も日本人ツアー御用達と聞いている。
旅(10) フィレンツェ [イタリア 初めて]
【3日目】 8月7日
【午前:少し早い出発】ベニス⇒(バス/262km・約3時間30分)⇒フィレンツェ
◆午後:市内観光へ。
フィレンツェに入ると、ここでも320だったか340ユーロだったかの通行税を支払う。
まずは、市内を一望できるミケランジェロの丘。市内中心部を一望できる記念写真のスポット。


その後、丘を降り、市内で”きのこ料理”のランチ。

(店のすぐ前の歩道に犬のうんこのあるのが気になった。
食事を終えて外にでると、添乗員が「ぎゃーーーー」。
踏んづけてやんの。 それもご丁寧に8割がたが靴底に)。
この添乗員、食事中も料理の汁を衣服に飛ばし、トイレで洗濯、生乾きを着て席に戻ってきた。
そそっかしいやつ と思っていたら、外に出ても、やっぱりそそかっしい。 あれだけでかいうんこが眼にとまらないのか? 先行きにちと不安を覚える。
その店で、フィレンツェ担当のガイド 久保さん出現。 このガイドもようしゃべる。
まずは、リストランテから歩いて、中世ルネッサンス美術の宝庫として知られる
ウフィツィ美術館。総数、数万点の中から4作品を鑑賞。
「春」や「ビーナス」は持ち出し禁止らしく、ここでしか見られないとの説明。
けれど、中学の美術の教科書に写真が載っているくらい有名な作品。
次にミケランジェロの「聖家族」。
それから、「裸の女性」。
説明のあったのはこの4つだけ。
そんで、この“ウフィツィ”という名称、訳すと「事務所美術館」だそうだ。
なんでそうなの?という説明も聞いたが、反対側の耳からすぐにこぼれた。
そして、次に、「花の聖母寺」として親しまれているドゥオモや洗礼堂、
シニョーリア広場、ミケランジェロ広場で説明を受ける。

フィレンツェでは、阿刀田高のエッセイの影響か、サン・マルコ修道院の
フラ・アンジェリコ「受胎告知」を見たいとかねがね思っていた。
(観光旅行は嫌い、そのために乗る飛行機はさらに嫌いと思いつつ、
この絵には関心を持っていた。
しかし、今回のツアーコースに含まれておらず、自由行動もなかったため、
これは次回に“お預け”。 次回っていつだよ!
夕方とはいえ、まだまだ陽は高い。 それでも市街地からちょいと離れた
高台にあるホテルへ向かう。
今日と明日のお泊まりは名門「ヴィラ・コーラ」。 これはなんの説明も不要。

食事前にあたりを散策。ホテルと概観がよく似た建物が周辺にはいくつもある。
で、これが別のホテルかと思うと、個人の家らしい。 このあたり、いわゆる
高級住宅街。造りが似ているのは何か条例で決まっているんだろう。
少し、風が冷たくなってきたけど、プールではアメリカ人らしき家族がピチャピチャ遊んでいる。
夕食は、ホテルのメインダイニングにて 紀宮様ご利用の際のディナーと同じものを同じ場所でいただきました。
<余談>
ツアー参加の男性陣はジャケットにネクタイ姿。 さっきまでTシャツだった「おやじ達」が変身。さまになります。
なんどは、わざわざ、ネクタイまではいらないと思いジャケットのみでダイニングへ。
この夏用のジャケット。思い切り着古した1着。いつ捨てようかと思っていたところにやってきました「最後の花道」。
そんで、食事のあと、部屋のゴミ箱に直行。

さて、食事ですが、

◆アペリティフとカナッペ
◆ガチョウの胸肉の燻製 バルサミコ酢和えサラダ
◆ポルチーニ茸とトリュフのタリエリーニパスタ
◆パルメザンチーズのチャルダ
◆スズキの蒸しものグラッパ風味のウイキョウのピューレ
◆野菜の蒸しもの添え
◆リンゴのパイ カルヴァドソース添え
◆エスプレッソコーヒー プチアイスクリーム添え
清宮さまの晩餐会での料理 (2002年10月7日)と同じ。というより、このメニューを
「うり」にしている。 食した方も多いのでは?
ただ、季節が違う。
ポルチーニは、乾燥もの。 日本では乾燥ものが100g 3000-4000円ほど。
生は、1本で2000円 - 上は知りません。 そこそこの高級食材。
そのポルティーニを惜しげもなくふんだんに使った「掘っても掘っても ポルティーニ」が
なんど的には“メイン”。
10年分を一度に食べた感じ。 この感触、前にも同じようなことがあったぞ。
夏スズキは水温が高いので、脂が落ちる(元来、こってりしたさかなではないが、
夏はなおさらあっさりしてしまう。蒸し方によっては、「パサパサ」になり、猫もまたぐ)。
なに、スズキにうるさいやつだと?
そりゃ、売るほど釣り上げたキャリアがあるからです。
おかげで、保安庁からは目をつけられたけれど。
ワインもたっぷりいただいて(何本飲んでもOK)、すっかりご機嫌。
添乗員に1泊いくらなの?って訊いたら、部屋のクローゼットの扉を
開けると後ろ側に金額が出ているとのこと。
部屋に戻ってその扉の裏に なななななんと。

この写真ではわかりにくいですが、 数字を見たら、笑っちゃいます。
しかし、これは「嘘だろ」。
この部屋のエアコン。 温度調整のパネルがあるにもかかわらず、
設定された22度から変更できない。
窓のロックが硬くて、開けるのに一苦労。
ドアの鍵をロックすると、それを解除しても何かが引っかかって中から
開かない。
到着直後、スリッパが1足しかないので、フロントにもういっちょ と頼んだら、
2足持ってきた。 1つでいいよ というと、 For you だと。
別に持ち帰るつもりないんですが。
別の部屋では、11時ころかずっと停電だったらしい。
これが5つ☆
旅(9) お恵み [イタリア 初めて]
話は前後します。
旅(6)のミラノでの話、数日遅れになりました。
ミラノのホテルに到着後、マックで極軽量の夜食をとり、その帰り。
マックから100mほど歩いたところで、石畳の歩道になんか落ちている。
風でヒラヒラ。 接近するなり、「ややっ、これは」。
周囲には地元の人が何人も。
みんなどうして気づかなかったんだろう。
軽ーいフットワークで「ささっ」と拾う。
妻が「どーしたの?」。
20mほど歩いてから、「ほれ」。
「えーっ、さっき拾ったの?」。
てなわけで、「紙に10の印字」を。
イタリアには「タダのものはない」。 「親切な人だ なんて思っていると、あとで金を要求される
から注意してください」とガイドが繰り返し言っていた。
そんな国で拾い物をするとは。
車が盗まれるのは日常茶飯事。ときには、観光バスさえ消えるとのこと。
落し物にしても、落とす側の責任を問われる国民性ですので、拾ったお金は神からの
贈り物として「ガメ」ちゃいました。
後日、この10ユーロを小銭にくずして、トレビの泉にばら撒いた。
「宙を舞う 小銭の群れ」。 妻に投げさせ、それを写真に撮っておくべきだった。
ちなみに、トレビのコインは、集められてユニセフに行くそうです。
旅(8) ベネチア [イタリア 初めて]
【2日目】 8月6日
2002年の10月に 妻の母親(浪費癖)がイタリアに出かけた。
当時の日程表がないので詳細がわからんが、オリエンタル急行
に乗車したことを自慢していた。
しかし、パリからイスタンブールまで乗った というなら自慢にも
なるだろうが、それがどーした。
その2002年10月の写真を見たら、歩くところに木の板が敷かれ、
サンマルコ広場が水没していた。
秋は水位が上がるそうだが、あの臭くて汚れた感じの水で覆われる
のはいただけない。
で、今日は大丈夫。

【終日】ベニス滞在
◆午前:ベニス市内観光。
ベニスはベニスのガイドが案内。街の中心サンマルコ広場を始め、華麗なサンマルコ寺院やドゥカーレ宮殿を見学。裁判所や牢獄を見せられてもピンとこない(前科はないので)。
ツアーに必ず組み込まれるベネチアングラス工房では、それはそれは流暢な日本語を話す店員に脱帽。
フランスでバカラを見学したら、絶対に1つや2つ 買ってしまうだろうが、ここでは、確かに、美しいものではあるけれど、食指が動かない。豪華というよりも派手な色合いに一歩後退。
ガラス工房を出て、数分歩く。
さて、きのうからその外観が気になっていたゴンドラに乗船。
光沢のある黒と、金色の飾り。 イメージ的には、日本の霊柩車。
4人で1艘。 各ゴンドラで音楽付きの遊覧。
「カンツォーネの歌声がさらにベニスの旅情を高めてくれます」というパンフの説明。
しかし、このツアーの5艘だけが音楽付き。ほかのゴンドラは客だけ。そして、客だけが乗るゴンドラが狭い水路にひしめきあっている。 そんななかで唄ってもらっているカンツォーネが気恥ずかしい。

アコーディオンと歌い手が乗った船にみんな興味があるんだろう。すれちがうゴンドラから、そして橋の上から何枚も写真を撮られる。 そのたびにカメラに向かって 「イェーイ」。すると、橋の上から「おまえじゃない、ドケッ」って聞こえたような。 乗っていたのはどのくらいの時間だったろう。 40分ほどか。
下船すると、写真を売っていた。 しかたない買うか。 値段1000円ほど。
そこからちょいと歩き、
ランチは、イカ墨のスパゲティなど。 気をつけろといわれても、ピチャっとはねらかス。 慌ててこすると、シミが広がり、なかなか落ちない。
◆午後:フリータイム。
昼食のあと、サンマルコ広場の近辺で解散。夜まで自由行動。
鐘楼にエレベーターで昇ると、これがいい眺め。 赤レンガ色の建物がぎっしり並び、ところどころに立つ塔がアクセント。 鐘楼を降りて、島のなかをあっちへ、こっちへ。

さーて、ホテルに戻ろう。
確かこっちだったよな。 ありゃ、行き止まり。 じゃ、ここを曲がって。 するとさっきの出発点に戻る。
少しイライラしながら、小さな橋を渡ると、建物の間にホテルがちらり。 そうか、こっちか。 進んでいくと、さっきよりホテルの姿が小さくなっている。 イライラレベルがアップ。
たどりつた先は渡ろうにも橋がない。
しかたがないので、案内板の「サンマルコ広場 こっち」を頼りに歩き、再度、振り出しに戻る。
直線で200Mもないようなところで迷子になるのは情けない。
迷ったおかげで疲れが出た。ホテルにもどって一眠り。
1時間ほど横になるはずが、うっかり8時まで熟睡してしまい、急いで前日に予約したオペラの会場へ。途中のBARで切り売りピザとコーラで晩ご飯。 2人で5ユーロ。 これは格安だった。
オペラやシンフォニーを聴くのはあまり得意ではないので乗り気がしなかった。 夜9時ちょいと前に会場に到着。教会の付帯施設のような講堂で、少人数の楽団(9人)と2人の歌手によるオペラをしばし。
出演者全員、18世紀の衣装とズラ付き(1人、メガネを掛けていた)。有名どころのおいしいフレーズを次々と。そりゃそうだ、ドン・ジョバンニ だけでは寝てしまう。
1時間とちょっとのダイジェスト オペラ。 しかし、雰囲気は◎。 200人ほどの客のほとんどが外国人。 日本人は我ら1組だけ。
終演後、近所の閉店間際の店で、安いネクタイを1本(万引きではなく、ちゃんと買う)。
柄は、羽のあるライオン(いかにもみやげ物風)。
狭い路地に並ぶ店は、あたかも浅草仲見世。
路上のいたるところで、黒人がブランド品のロゴの入ったバッグを売っている。
旅(7) デジカメ [イタリア 初めて]
10年ぶりに、デジカメを買い替えたんですが、使い方がようわからん。
そうこうするうちに旅にでてしまった。 もちろん 取説は持参したが。
その(1) 充電気用コンセントのプラグ
デジカメの機能とは関係ないところで「どじ」を踏んだ。
イタリアのプラグは C型。 ちょうどうちにC型のプラグの頭があったので、これを持参。
ところが、減った電池を充電しようと、そのC型の頭を平型にくっつけようとしたら、
なにー、入らないではないか。
そして、そのとき初めてC型プラグのボディに 「フィリップス シェーバー専用」との
注意書きを発見。
10年ほど前に購入した髭剃りについていたものだった。
ヨドバシで、変換プラグを買おうと思った日の朝、洗面台の棚にこれを見つけ、
「買わずにすんだもんね」とニヤニヤした自分が情けない。
そのとき、ボディをよく見りゃ「専用」に気づいたものを。
ホテルで頼んだら、「そんなものない」と断られ、近所の店を捜しても見当たらない。
持参した電池は計6本。 トリアエズbatt切れの憂き目をみることはなかったが、
大した値段ではないのに、何を変換プラグごときに「しみったれた」のか。
バカ バカ バカ・・・・・・。
その(2) デジカメはデジカメのみにあらず
ありゃ、こんな便利な機能があるんだ。
帰ってきて気がついた。 モード選択のダイヤルに書いてあるこのマークって何?
取説を見たら、”動画モード”だって。 VGAレベルだから、けっこう長時間撮れる。
もちろん、メモリースティックの容量次第だが。
えー、そーだったの。
斜塔で有名なピサ。ここの洗礼堂は、音の響きがすばらしい。
動画モードには、マイクが連動しているので、音も録れるのであーる。
しかし、そんなことに気づかず。 ガードマンの「ハァー」を、ぼけーっと聴いていた
自分が情けない。 バカ バカ バカ・・・・・・。
なお、この洗礼堂では、この ”バカ” 1回につき、11回響きます。
その(3) autoというのは厄介
夜景を撮った。 35mmのアナログでは、絞りを開いて、シャッタースピードを遅くすれば
それなりの絵が撮れる。 ところが、 デジカメのautoで撮ったら、なんか白い霧がでてしまう。
そんで、マニュアルにしようとしたら、「オート解除」のマークは出るものの、シャッタースピードを
どのボタンで遅くするのかがわからない。
結局、スピードが遅すぎて、極端な「手ブレ」。 情けない夜景になってしまった。
こうした反省の上に、日曜日、埼玉邸の近くで まりん を動画で撮影。
日差しの強い場所と、日陰の薄暗いところで、写真も撮影。
そこで、気づいたこと。
動画で、被写体が日なた と 日陰を行ったりきたりする場面では、被写体の動きが速いと、
auotの感度が悪くて、白ぼけ・黒こげのコマができてしまう。
専用のVTRカメラのほうがレスポンスはよかったと思う。デジカメで動画が撮れると
いっても、あまり期待はできそうもない(使いこなせないやつが無謀な言い方)。
せいぜい、ブロック塀をかじる かたつむり くらいがちょうどいい。
写真撮影の場合、工学倍率まではなんとかなるが、デジタルレベルになると、「手ぶれ」の
影響が極めて強くでてしまう。 そうしてみると、「手ぶれ 防止」機能のある機種は
優れているのか?
少し遠いところの被写体では、ゴジラくらい 大きくなってもらおう。








